認知機能低下に於ける日常生活の留意点 生活習慣からの予防・対策

1.我が国に於ける「認知症」の現状:
日本が急速に高齢化する中、高齢者の健康を取り巻く環境も変わりつつある。
従来は、健康寿命の延伸等 「健康で長生き」が注目されてきたが、高齢者のQOL向上と共により快適な老後を過ごすことが注目されてきている。
その中で特に注目されている項目の中に、「認知症」がある。認知症は、本人よりもむしろ、周囲を取り巻く課題が多く散見される。その中でも徘徊・交通事故・介護疲れと言った話は、良く耳にする。特に認知症の場合、本人に自覚が無いだけに、周囲の対応も難しくなり時には、感情的な面から事件となることもある

図-1に、厚生労働省が示す 「認知症を有する高齢者人口の推移」 を示す。

厚生労働省のウェブサイトでは、認知症を「生後いったん正常に発達した種々の精神機能が慢性的に減退・消失することで、日常生活・社会生活を営めない状態」と定義している。つまり、正常に発育した精神機能が後天的要因により喪失したことを意味する。よって、これら後天的要因を除去または、制御する事で認知症の進行を遅らせたり、発症を抑えたり出来るのではないか、と考えることが一般的であるし、実際この様な取り組みは、各方面でなされている。
図‐2 に免許証交付時の認知症の分類方法を記す。
私たちは、この様な各方面の取り組み事例を参照し、自社の保有する知見を基に「何が出来るか?」を検証した。


<図‐2> 認知機能別免許交付条件

2.認知機能低下と生活習慣の関係:
認知症と一言で表現されているが、前にも述べたようにこれは、認知機能が低下した状態の「総称」であり、原因により以下の様に大別される。

① アルツハイマー型認知症
認知症の中で最も多くみられる症状で、約6割を占めるとされて いる。この病気を最初に報告したドイツ人医師、アルツハイマー博士の名前から付けられた病名である。
これは、 脳の中にΒ (ベータ) アミロイドという蛋白質が溜ま り、神経細胞の働きが阻害されるために起こると考 えられている。
脳の神経細胞が障害されると、神経を通って 情報を伝える物質(アセチルコリンなど)が減少し、記憶力低下などの中核症状が徐々に進行する。

② 脳血管性認知症
脳血管障害(脳卒中など)によって脳の神経細 胞が障害されて起きるものであり、脳血管性認知症にアルツ ハイマー型認知症を併発することもよくある。
脳血管障害の発作を繰り返すたびに、病状が 段階的に進行する傾向があり、脳血管障害を再発しないように、その危険因 子である高血圧や糖尿病、脂質異常症などの治療を しっかり続ける事が望ましい。

③ その他の認知症
脳内にレビー小体(神経細胞にできる異常物質 の集まり)が溜まる「レビー小体型認知症」も少なく ないことがわかってきている。割とハッキリした幻視やパーキンソン症状(体がこわばり動作が遅くな り、転びやすくなる)が現われやすいのが特徴 であり、アルツハイマー型認知症・脳血管性認知症と ともに「三大認知症」と呼ばれている。 そのほかにも、神経細胞が障害され、部位が特定されている、いくつかのタイプの認知症も存在する。

また、日本の認知症研究事例で有名な「福岡県の久山町研究」での報告によると、65歳以上の高血圧患者の脳血管性認知症 発症率が高血圧でない人の4倍以上、糖尿病患者さのアルツハイマー型認知症発症率が糖尿病でない人のやはり4倍以上になることが示されている。よって、先ず糖尿病や高血圧の患者が認知症の発症リスクが高い事が示唆されている。

3.認知機能低下に関連する特定因子の抽出と対策:
上述のように、認知機能低下と生活習慣病の間には、密接な関係が見て取れる。その中でも特に注目されている項目とその対処方法は、以下の通りである。

① 認知症予防の為の食事
例えば、魚を週に1回以上食べると、脳を健康に保てることが証明されている。これは、魚にはオメガ3脂肪酸が多く含まれており、脳の血管や神経に良い作用をもたらすと言われる事に起因する。実際に被験者260人を対象に、1989年から10年間、追跡調査したところ、研究の開始と終了の時点で、参加者の認知能力は正常だった。また、脳のMRIスキャンをとり、脳の状態を詳細に調べた。
参加者に、魚をどのくらいの頻度で食べ、それをどのように調理したのか、といった食事スタイルに関する詳しい調査も実施した。
その結果、魚を週に1回以上、焼いたかグリルして調理して食べた人は、魚をまったく食べていなかった人よりも、記憶力と認知力を司る脳領域の灰白質の容積がそれぞれ(4.3%増)と(14%増)大きくなっていることがわかった。
また、「魚は焼いて食べる方が望ましい」。これも、「魚の脂肪酸は高熱で調理すると壊れてしまいます。魚を油で揚げるよりも、フライパンで焼いたりグリルした方が、オメガ3脂肪酸を多く摂取できます」と、研究を主導した研究者は述べている。
また、大豆類・乳製品・野菜・海藻を充分摂取する事も 認知症の予防・改善には、有効であると言われている。

② メタボリックシンドロームと認知機能低下リスクの上昇
メタボリックシンドロームの人は、認知症の前段階とされる「軽度認知障害」(MCI)の発症リスクが高いことがアジア人を対象にした研究で証明された。適切な対策をしないと、認知症を発症する確率が高くなる。「メタボリックシンドロームを解消し、認知症を予防することが重要です」と研究者は呼びかけている。
この研究は、2003~2009年にシンガポールの5つの地域で、1,519人の男女を対象に行われた。参加者には調査開始時、認知機能の異常はみられなかった。この内22.4%(340人)がメタボリックシンドロームと判定されていた。
6年間の追跡期間中に10.6%(141)人が軽度認知障害を発症し、メタボリックシンドロームと判定された人の14%、そうでない人の8%がそれぞれ発症した。
調査の結果、「メタボリックシンドローム」、手足はやせているが腹部など体に脂肪が付く「中心性肥満」、「2型糖尿病」、「脂質異常症」などのある人は、そうでない人に比べ、軽度認知障害の発症リスクが上昇することが明らかになった。
軽度認知障害の発症リスクは、メタボリックシンドロームで1.46倍に、中心性肥満で1.41倍、2型糖尿病で2.84倍、脂質異常症で1.48倍にそれぞれ上昇した。
腹囲周囲径の増加、中性脂肪値の上昇、善玉のHDLコレステロールの低下などは、心筋梗塞や狭心症などの心臓疾患のリスク要因となるが、最近の研究では認知症の発症にも関連していることが分かっている。
この研究で注目したいのは、高齢者≠認知症と言う考えを拭う為、55歳以上(平均年齢65歳)の比較的若い年齢層の人を対象に調査を行った点である。結果としてMCIは考えられている以上に若い頃から症状が進むことが明らかになった。

③ 睡眠不足と脳の老化の関係
睡眠時間が短く、質が低下していると、脳の認知機能の低下につながるという研究発表がなされた。高齢者の増加に伴う認知症患者増加を防ぐため、睡眠の時間と質を改善することが必要となる。
年齢とともに睡眠は変化する。高齢者では一般的に睡眠が浅くなり、中途覚醒や早朝覚醒が増える。睡眠の障害を感じている人の割合は、全体の平均では5人に1人程度だが、高齢者では3人に1人に増加するという調査結果が発表されている。
睡眠障害の主な症状は、「夜中に何度も目覚める」、「布団に入ってはいるが目覚めている時間が長い」などである。睡眠は生活スタイルを改善するだけで、質を高めることができる。睡眠の質を改善するための対策が必要である。
睡眠時間が短いと、アルツハイマー病などの認知症の発症が増えることが知られている。アジア人を対象に行われた調査によると、睡眠時間が1時間短いと、認知機能は0.67%低下するという。
この研究は、55歳以上の健康な中国系シンガポール人66人(平均年齢67歳)を対象に、睡眠と認知機能の関連を調べた。2005年から研究をはじめ、2年ごとに脳や認知機能の検査、睡眠時間と睡眠の質についてのアンケートなどを行った。
被験者にMRI検査も行った。MRI検査を行うと、脳出血・脳梗塞・脳腫瘍などの病気を発見できるのに加え、脳の中の構造や老化の程度を調べることができる。
その結果、睡眠時間が1時間短いと、脳内にできる隙間が1年ごとに0.59%拡大し、脳が縮んでいくことが判明した。さらに、認知機能は1年ごとに0.67%低下することが明らかになった。
また、別の研究では2,822人の男性(平均76歳)を対象に、腕時計型の活動量計を用いて、平均5晩にわたって睡眠データを収集した。さらに、参加者に認知機能を評価するテストも行った。
その結果、睡眠の質が低いと、実行機能が有意に低下するリスクが40?50%高まることが判明した。実行機能とは、計画、意思決定、間違いの修正、問題解決、抽象的思考などの能力のことだ。
「歳をとると、認知能力の低下が起こりやすいのですが、睡眠の質が影響することが明らかになりました。認知機能の低下を防ぐためには、質の高い睡眠を確保することが大切です」と、研究者は述べている。
睡眠に必要な時間は平均すると7時間ほど。睡眠と健康の関連を調査している専門家によれば、十分な睡眠時間を保ち、質を高めるために、次の生活スタイルが役立つという。

④ 認知機能低下と運動機能との関係
アルツハイマー型認知症の代表的な症状に、「もの忘れ」といった記憶障害がある。この記憶を司っているのが脳内の「海馬」という部位であり、高齢者やアルツハイマー型認知症患者では、この海馬や大脳皮質において、脳血流の低下が見られることがわかっている。よって、脳を正しく働かせるために、海馬や大脳皮質の血流を増やすことが重要と考えられている。その血流増加に有効とされているのが「運動」であるが、その中でも特に手軽に取り組めるという点で注目されているのが「歩行」である。
ここでは、ラットを使った実験でその効果を示す。ラットにランニングマシンの上を歩かせ、その際の海馬の血流と血圧を測定した結果、海馬血流が増加したことがわかった。これは、海馬や大脳皮質に通っているアセチルコリン神経(アセチルコリンという化学物質を放出する神経)が歩行によって活性化され、アセチルコリンが増えたことで脳内の血管が広がり、血流が良くなったものとされている。
上記の実験では、「遅い」「普通」「速い」の3段階のうち、「普通」の速さの際に海馬のアセチルコリン量の増加が見られたことから、無理のない速度で歩くことが、脳にも健康にも良いと考えられる。

⑤ 認知機能低下と嚥下の関係
前述の魚の摂取の他にも認知症の進行を遅らせたり、回復を促す、栄養素がある。 具体的には、ビタミンB群やビタミンDがあげられるが、高齢者の場合、嚥下能力の低下に伴う、摂食障害によりこれらの栄養素摂取が充分にできない状況に陥っている方も少なくない。
この様な方々には、サプリメントによる栄養補給が効果的であるが、食事には、単なる栄養補給の他に、「食事を楽しむ」事による効果や「食事を通じたコミュニケーション」と言った側面を持つ。その為、嚥下食等を上手に活用し、摂食行為を継続しながら栄養補給を続ける事が重要となる。
この行為により摂食障害を克服しながら必要な栄養素を摂取し続ける事が重要である。

4.まとめ:
ここまで説明した通り、認知機能低下には、その原因と対処法が既に存在する。 しかも、それらは、他の疾病の発症や進行にもかかわる。基本的な日常の健康管理方法と何ら変わるものではない。よって、認知症の発症を漠然と恐れる必要は、全くない。食事・運動・睡眠と言った基本的な健康管理を続ける事で予防することが期待できたり、進行を遅らせることが出来る病である。

株式会社タニタ